2014年3月4日火曜日

太一

太一、この言葉を先日の品川神社での   
伊勢参拝の折に、出会いました。
なるほど、伊勢のお白石持ちの際にも
目に入っていたように感じるのに、あま
り気にも留めていませんでした。
それを、伊勢神宮へ行く際のバスの中
において、品川神社での切れ者〇っ子
さんより質問を受けて、ええ??
何かな?と遷宮のお手伝いという
特別な役割は、神領民や、特別神領
民と呼ぶのですが、その地域の名前
かな?と自分なりに理解していたのが
間違いでした!!

太一(たいいつ)とは、もの   すごく意味深い大切な言葉
でした。調べてみると、神宮式年
造営庁造営課に所属する人の作業
服は一年を通じて白装束で、白い
帽子やヘルメットの正面には「太一」
という徽章がついているとのこと。
昔は造営にかかわる人の法被や檜笠
などにも「大一」や「太一」の印がつき、
神宮の造営のシンボルマークとされた
そうです。
「太一」は、神饌や遷宮用材を運搬
する際の幟や、伊雑宮(いぞうぐう)
のお田植え神事の団扇にも書かれ、        
昔から広く神宮のマークとされてきた
とのこと。これまで太一と大一は混合し
明治四年の神宮改正以前は主として
「太一」と記され、大神宮の「大」
の字も太だった。
それが明治五年に太政官布達に
より「大」と改められました。 
「大」は、人間の正面の形で、おお
きい、さかん、すぐれることを意味
する。 「太」は、ふとい、おおきい、
物のはじめ、おおもと、高い尊称に
用い、大も太も区別なく用いていま
したが、大の上に頭を示す〇を加え
て天という字ができ、太の点を上につけても天になり、「大一」も天の意になるのです

古代中国には「太一神」があり、天と地のすべての最高神とされていました。
「荘子」には、太は至高を、一は唯一・根元を表す語。太一から始まって太一、
両儀、陰陽、万物という宇宙生成論を唱えた。太一、水、天、地、神明、陰陽、
四時、倉熱、湿燥、歳という生成論が見られる「太一は万有を包含
する大道で、天地創造の混沌たる元気をいう」とあり、
『礼記』には、「天地の本なり」としている。また天之尊神、北極星、
天帝とされ、「太一陰陽五行」の思想が生じるが、おそらく奈良時代に
この中国の思想が入ってきた時、これはわが国の
天照大神と同じだと感じ、「太一」を神宮の印とした
ようである

これは明治22年の第57回式年遷宮から正式に造営のシンボルマークと制定
されましたが、「太一」は外来思想だとの意見もあり、明治以降は「大一」に
されていたのを、今回からまた古くからの由緒を大事にし「太一」を用いることに
したとのことです。

「太一」と言う言葉には、本当に深い考えと、思想、思い
があり、今回の伊勢参拝は、沢山の事を学びました。

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