ニコニコしたスマイルで、、可愛いスタッフが、さらっと話をする。
(内心)、会社でこんな話できるようになって、、嬉しいなー
こんな会話の会社ないよなー と思いながら。
「素晴らしいなー、どこの元伊勢から参拝すんの?」
「えええ、、」
「元伊勢って言われている所、一杯あんでーー!}
『元伊勢』ってご存知ですか?
元伊勢(もといせ)は、現在の伊勢神宮が、現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという
伝承を持つ神社・場所を呼びます。
この元伊勢の話をするためには、日本の神話に出てくる、「三大神勅」を知っておかないと
なりません。
神話の中で、皇孫ニニギの命が天上から地上に降る時(天祖降臨の前)に、皇祖天照大神
から三種類の神勅(しんちょく:神からの命令)が授けられたことが伝えられています。
一、天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅
豊葦原瑞穂の国は、わが子孫が君主となるべき国である。行って治めなさい。
二、宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅
この鏡を見るのには、ちょうど私を見ると同じと心得よ。この鏡と床を同じくし
殿を同じくして、祭りをうける鏡とせよ。
三、斎庭の稲穂(ゆにわのいなほ)の神勅
私が高天原で作る神聖な田の稲穂を、わが子に授けよう。
天照大神の御形代の八咫鏡は、「二の宝鏡奉斎の神勅」にしたがって、しばらく天皇の宮殿に
おいて恭しく祭られていた。ところが、『日本書紀』の伝えるところによると、第十代崇神天皇の
御代に、宮殿の外にお遷しすることになった。
そして、第十一代垂仁天皇の時代に、その皇女、倭姫宮が、第十代崇神天皇の皇女豊鍬入姫命の後を継いで、「御杖代(みつえしろ)」として天照大神に奉仕され、天照大神を載いて大和国をお発ちになり、伊賀・近江・美濃などの諸国を経て、伊勢の国に入られて、御神慮によって、皇大神宮をご創設されました。
倭姫宮御杖代奉賛会さんのhpによると、
倭姫命は、〝大神の鎮座地〟を求めて、笠縫邑を出発し、宇陀から近江・美濃を経て伊勢に到着されたと伝えられており、この巡路については、延暦の『皇大神宮儀式帳』に詳しく記されています。
※()内、現在の推定地
- 大和国 美和・御諸の宮 (出発地:奈良県桜井市三輪町、三輪山)
- 大和国 宇太・阿貴の宮 (奈良県宇陀郡宇陀町迫間、阿紀神社)
- 大和国 宇太・佐々波多の宮 (奈良県宇陀郡榛原町山辺、篠畑神社)
- 伊賀国 穴穂の宮 (三重県上野市上神戸、神戸神社)
- 伊賀国 阿閉柘植の宮 (三重県阿山郡柘植町上柘植古宮、都美恵神社)
- 淡海国 坂田の宮 (滋賀県坂田郡近江町、坂田宮岡神社)
- 美濃国 伊久良賀の宮 (岐阜県本巣郡巣南町居倉、天神神社)
- 伊勢国 桑名・野代の宮 (三重県桑名郡多度町下野代、野志里神社)
- 伊勢国 河曲鈴鹿・小山の宮 (三重県亀山市野村町忍山、布気神社)
- 伊勢国 壱志・藤方片樋の宮 (三重県津市藤方森目、加良比之神社)
- 伊勢国 飯野・高宮 (三重県松阪市山添、神山神社)
- 伊勢国 多気・佐々牟江の宮 (三重県多気郡明和町山大淀、竹佐々夫江神社)
- 伊勢国 玉岐波流・磯の宮 (三重県伊勢市磯町、磯神社)
- 伊勢国 宇治家田・田上宮 (三重県伊勢市楠部町家田、神宮御田)
- 伊勢国 伊須々の河上・大宮地 (三重県伊勢市宇治浦田町、内宮宮城)
ついに、伊勢の五十鈴川の川上に至る時、倭姫宮は、
「この神風の伊勢國は、常世の浪の重浪帰する国なり。
傍国のうまし国なり。この国に居らむとおもふ」との大神の教えがあった。
この地は、大和の三輪山のふもと、纏向の珠城宮から見て太陽の昇り来る東方の聖地
一方、太陽の沈みゆく西方の聖地に出雲大社の社殿がある。
この元伊勢伝説と言われる、神話に残る道を訪ねるにも、また新しい発見があると思う。
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