「うけひ」と言う言葉
の意味を今日は、
考えてみたいと
思います。
この言葉は、
『古事記』の高天原
において、天照大
御神と須佐之男命
の誓約の段に出て
きます。
「うけひ」と言う、誓約
によって、其々の神
が神様の子を生む
シーンです。
「ひ」は、心の
中の「まごこ
ろ」であり、「あかきこころ」の事であります。
「うけひ」とは、「ひ」を受けること。ここでは、天照大御神の発する「ひ」を
須佐之男命が、「ひ」を持って、受ける事になります。
発する側と受け取る側の両方が、「まごころ」、「あかきこころ」で発し、そして
受け取らないと、「うけひ」にはなりません。
「まごころ」と「まごころ」の頷きあいで、初めて
「うけひ」となります。
大切な人と、「うけひ」が出来る事以上に、人生の楽しさ、喜ばしさは
ありません。そうすることにより、これが「ちかい」、「誓約」、「宇気比」、
「受日」になります。
現代の社会においても同じです。 何か、仕事をするにあたり、
仕事を依頼する側と仕事を受ける側が、やはりこの「うけひ」をして、
「ひ」の力のもとにして、必ずその仕事を成し遂げる。
「まごころ」を元に最善を尽くすと言う誓約になり、初めて良い仕事が
出来るはずです。
結婚することを「むすび」と言い「とつぎ」と言います。
「むすび」は、「ひと」と「ひと」が「ひ」を中心にして
「結す(むす)」+「ひ」のことです、
一つになって「ひと」を生むことになります。
そして「とつぎ」は、「ひ+と」が、「と」を次世代に
「継ぐ」ことなのです。
「むすび」「とつぎ」という言葉は、結婚により、「ひと」
の「ひ」が結ばれて、「と」を継ぐ、、、
大切な意味を現している。そこに人の「まごころ」、
「あかきこころ」があります。
「ひと」は、一人ひとりが、「まごころ」、「あかきこころ」
を持つから「ひと」なんだと、感動しました。
今日もこの「まごころ」を結ぶお手伝いに行って
まいります。頑張ります!
45歳になって、神主の道に進み 50歳になって、『神明奉仕』が天命と心より思うようになった。次の10年間、人生を神道に捧げたいと考えた男のブログ。 人生無駄なし!すべては、人の縁である。
2014年9月7日日曜日
2014年9月6日土曜日
清らかな空間
平成25年の第62回式年遷宮の年、沢山
の参拝者が、伊勢
神宮には、内宮外宮
合計で年間1400万
人以上の方が、参ら
れたと聞きます。
内宮の参拝には、
鳥居をくぐり、五十鈴
川を渡り、砂利の参
道を歩きます。周りは
山に囲まれ、清らかな
空気が流れ、光がさし
本当よい空間に囲ま
れる体験をします。神の神域に入ってい
る心地を誰もが受け
ると思います。
同じように、自宅近く
の神社、氏神神社様
においても、崇敬神
社においても、鳥居
をくぐり、手水をとり、
ご本殿の前で鈴を
鳴らし手を合わせる
と、何故か心が落ち
着き、リセットされる。
これらは、神様の近く
において、私達の心
が、身体が、神の恩頼(みたまのふゆ)を頂き、自分の意識とは
別に、喜んでいるのだと思います。
私達の心臓と同じ様に、身体の一つ一つの細胞が、それを構成する分子・原子が、
頭の頭脳の意識とは、別に分裂し、動いているとするのであれば、それら
一つ一つが、喜んでいるのだと思います。
そんな自分自身を日々リセットするために、自宅に神棚を設けて、
神様を祀り、手を合わせ、本来の自分の心と向き合う、清らかな、
澄み渡る「気」を、神棚に祀るお札から頂くのです。
ふと最近感じるのは、「神前式を挙げられた新郎新婦様は、
其々の挙式を挙げた神社より神様の御札を授かり、
その後、どのようにお祀りをされているのか?」
お札のお祀りが、とても気になります。
自分達で、決められた大事な夫婦の出発の神社。
その神社様のお札を大切にご自宅のお祀りされることを信じます。
もlしどうすれば良いかを悩んでおられる方は、どうぞ、私にご連絡下さい!
神棚から、社、お供物、すべて丁寧にお伝えし、お手伝います。
お気軽にご相談下さいませ。
二人の出発の家族の大切な神様です。大切にお祀りしましょう!!
必ず、そのお祀りは、神様に通じ、これから始まる、結婚生活における
山、谷、すべて見守り、助けて下さいます。
夫婦の生活においても、また一人になりたい時間が出てきます、
その時に、神棚の前でじっと自分の瞑想の時間、自分の内面を
見る時間を作るのも夫婦円満の秘訣のように感じます。
大家族の日本人の家は、神棚があり、おじいちゃん、おばあちゃんが
その神棚の継承を孫にしていたように感じます。
私は、母の影響ですが、、
私の好きな「明治天皇御製の句」に、
わが國は神のすゑなり神まつる
昔の手ぶり忘るなよゆめ
があります。祖先を大事にすると同時に、昔から祀られている神様を
大切にしいくのです。その心を継承していく。
敗戦後の核家族化は、このような継承が難しい、、宗教と取られると
難しい。神道は、宗教というよりも、「道」、、自分を見つめる道
神と一緒に自分も成長する。自分が成長するとまた違った神に出会う
ように感じます。
神棚の前、自分の空間(マイスペース)を自宅に作りましょう!!
今日も張り切ってまいります!
2014年9月5日金曜日
伊藤忠
昨日は、店舗休みの日 、久し振りに机の片付け
をしました。片付けの中
から見つけた本の中か
ら、近江生まれの伊藤
忠兵衛、あの「伊藤忠」
を創業する所を、掃除の
合間に読んでいました。
私の父が、大学を卒業
して就職した会社でも
あり、私が物心ついた
頃から憧れていた会社「伊藤忠」。
忠兵衛は、十一歳から行商にでます。その時の父から言われた言葉、
「信仰心をもって商売をする。世の人々のお蔭
で生かしてもらえる。質素・倹約を心がけて
一生懸命働けば、阿弥陀様が良い方へお導き
くださる。忠兵衛も十一歳になったのだから、
行商に行きなさい。」
時は、安政五年(1858年)日本とアメリカ・ロシア・オランダ・イギリス・
フランスの五ヶ国が修好通商条約を結び、開国した時期。
開国とともに、外国からの商品が北九州の圏内に入ってくる、これを
行商で全国に販売し始める、忠兵衛。明治五年には、近江から大阪
へ本拠地を移し、店経営の基本の店法を定める。
忠兵衛の教えに私の好きな言葉があります。
「商売は菩薩の業だ。他人様の幸せを先に
考え、自分の利は考えてはならない。
勤勉に働き、倹約をつらぬき、努力を惜し
まず生きれば、必ず救い取ってくださるから、
迷わずに進んでいくことだ。」
商売は、本当にこの言葉通りだと思う。
この忠兵衛が、「時機」と気付いて精力的に動いたことも書いていた。
「時」の大切である。「時」については、中国の有名な兵法書
「六韜」の中から『文韜(ぶんとう)』にある言葉、
『善を見て怠り、時至りて疑い、非を知りて居る。』
良いことだとわかっていても実行せず、好機がきても決断をためらい、
悪いことだと知りながら改めようとしない。太公望が国家が廃れる条件
として挙げた事柄である。欲望に負け、相手を侮った者は滅亡の憂き目
を見るのである。
それを防ぐには欲望に打ち勝ち、相手を敬う心である
と太公望は説いている。
机の掃除ができて、読み返す本があり、とても充実した一日だった。
『人間の生命に必ず機がある』
今が、「時機」・チャンス、変革の時と捉えて動きたい。
今日からまた一日一日と頑張ります!!
2014年9月4日木曜日
国常立命
昨日は、神社大好き!の友人と古事記の
神様の話、全国どこ
の神社が好きかとか、
どの神様が好きか
などの話で盛り上
がりました。
「九州宮崎鵜戸
神宮が好き」とか、
「天宇受売命様が
好き」とか、
「どうして天照大
御神は女性の
神様なの?」
とか、「茨木県に
は、好きな神社が一杯あります」とか、「子供の名前は浅間神社さんで付けて
もらった」とか、、神社が大好きな気持ちの伝わる、すごく勉強になる、楽しい会でした。
私が、最近考えていたのは、
「禊行の際に、国常立命様に力を借りるのは、なぜか?」と言うこと
でした。(この話は、昨日はしませんでしたが、、、昨日の会の続きを
一人していたら、昨日話しをしていない事に気付きました。)
『日本書紀』・天地開闢の段に、最初に現れる神は、
国常立命(くにのとこたちのみこと)の神
ここは、古事記とはまた異る点には、なります。
天地誕生の際、最初に現れてた神様、国常立命。
大地の神様から我々は、この身体を頂いている事を感じます。
その事は、「自然の惠=滝」を身体に受けると感じます。
身体が、水=自然にかえり、自分自身である霊(たましい)だけが
浮かびあがります。その瞬間に、感謝が生まれるのです。
この世に生かされている感謝、生きている感謝、このことを気付かせて
くださる感謝なのです。
『日本書紀』の天地開闢の段のところ、
古、天地未だ剖(わか)れず、陰陽(メヲ)分かれざるとき渾沌(マロガレ)
たること鶏子(とりのこ)の如く、くくもりて牙(きざし)を含めリ。
時に天地の中に一物(ひとつもの)生まれリ、状葦牙(かたちあしかび)
の如し。便ち為りませる神を国常立命とまをす。
稲荷大神秘文という祝詞の中で国常立命から豊受大神、
宇迦之御魂大神へと繋がりが、説かれます。
その国常立命の力をお借りして、禊において邪を切り、
清らかな身体に神の御稜威を頂きます。
地に立ち山の息吹を体いっぱいに頂き、清らかな緑のエネルギーを
吸い込み、鳥船に導かれ、御滝へ、
感謝一杯の心で頂くのです。
国常立命様、沢山のエネルギーを頂ける、
大好きな神様です。
ここは、古事記とはまた異る点には、なります。
天地誕生の際、最初に現れてた神様、国常立命。
大地の神様から我々は、この身体を頂いている事を感じます。
その事は、「自然の惠=滝」を身体に受けると感じます。
身体が、水=自然にかえり、自分自身である霊(たましい)だけが
浮かびあがります。その瞬間に、感謝が生まれるのです。
この世に生かされている感謝、生きている感謝、このことを気付かせて
くださる感謝なのです。
『日本書紀』の天地開闢の段のところ、
古、天地未だ剖(わか)れず、陰陽(メヲ)分かれざるとき渾沌(マロガレ)
たること鶏子(とりのこ)の如く、くくもりて牙(きざし)を含めリ。
時に天地の中に一物(ひとつもの)生まれリ、状葦牙(かたちあしかび)
の如し。便ち為りませる神を国常立命とまをす。
稲荷大神秘文という祝詞の中で国常立命から豊受大神、
宇迦之御魂大神へと繋がりが、説かれます。
その国常立命の力をお借りして、禊において邪を切り、
清らかな身体に神の御稜威を頂きます。
地に立ち山の息吹を体いっぱいに頂き、清らかな緑のエネルギーを
吸い込み、鳥船に導かれ、御滝へ、
感謝一杯の心で頂くのです。
国常立命様、沢山のエネルギーを頂ける、
大好きな神様です。
2014年9月3日水曜日
鼎(かなえ)
昨日勉強した、易経の
六十四卦の中の五十番
火風鼎(てい)。
この鼎(てい)と言う字
は、鼎(かなえ)とも読
みます。
昔、中條高徳先生に、
「先生!息子三人目
が生まれました!」と
報告した際に、「おお、
男三人!鼎だね。
安定していい、川辺
家は発展するよー」
と言われた事を
思い出します。
鼎という卦は、改革、
変革の卦の後に来る、
つまり時代が新しく変
わりちょうど、幕末の変革である、無血開城されて、明治時代になった
その改革の後、過去の穢を取り除き、新しく作り上げていく、時。
ちょうど、「明治維新」のように、新しい時代がスタートする時を現す卦です。
その新しい時代に活躍する。成就安定の卦です。
鼎・かなえは、三本足の容器のこと。鼎の漢字に良く似た「鍋」でです。
この鍋の中に食材を入れて、下から、火を燃やし、調理していました。
調理した食物は、神や君主に献上、お供えされました。
食材を入れて、火を付けることにより、食材の原形、元の形はなくなり=変革し
新しい調理された、料理が出来上がります。この一連を表しているのです。
「三者鼎立」と言う言葉は、ひとつのものを三人で支え合って、一人では出来ない
仕事を三人なら成就する事が出来る。チームワークのある形。三本足が、
最小数の最大に安定する形なのです。
「鼎黄耳、金鉉。」=鼎には、柔軟従順であって中庸の徳を具えている。
この言葉の通りに、沢山の人々の間に立ち、よく話を聞き、
人々の架け橋になって活躍して欲しい。
そのように、漢字や言葉の意味を息子たちに伝えたいと思います。
鼎・かなえという漢字一つに深い思いとエピソードが詰まっている。
味わいがあります。
今日も秋晴れのような気持ち良い朝! 張り切って行きます!
六十四卦の中の五十番
火風鼎(てい)。
この鼎(てい)と言う字
は、鼎(かなえ)とも読
みます。
昔、中條高徳先生に、
「先生!息子三人目
が生まれました!」と
報告した際に、「おお、
男三人!鼎だね。
安定していい、川辺
家は発展するよー」
と言われた事を
思い出します。
鼎という卦は、改革、
変革の卦の後に来る、
つまり時代が新しく変
わりちょうど、幕末の変革である、無血開城されて、明治時代になった
その改革の後、過去の穢を取り除き、新しく作り上げていく、時。
ちょうど、「明治維新」のように、新しい時代がスタートする時を現す卦です。
その新しい時代に活躍する。成就安定の卦です。
鼎・かなえは、三本足の容器のこと。鼎の漢字に良く似た「鍋」でです。
この鍋の中に食材を入れて、下から、火を燃やし、調理していました。
調理した食物は、神や君主に献上、お供えされました。
食材を入れて、火を付けることにより、食材の原形、元の形はなくなり=変革し
新しい調理された、料理が出来上がります。この一連を表しているのです。
「三者鼎立」と言う言葉は、ひとつのものを三人で支え合って、一人では出来ない
仕事を三人なら成就する事が出来る。チームワークのある形。三本足が、
最小数の最大に安定する形なのです。
「鼎黄耳、金鉉。」=鼎には、柔軟従順であって中庸の徳を具えている。
この言葉の通りに、沢山の人々の間に立ち、よく話を聞き、
人々の架け橋になって活躍して欲しい。
そのように、漢字や言葉の意味を息子たちに伝えたいと思います。
鼎・かなえという漢字一つに深い思いとエピソードが詰まっている。
味わいがあります。
今日も秋晴れのような気持ち良い朝! 張り切って行きます!
2014年9月2日火曜日
やまとことば
日本人が大切にしてきた、「やまとことば」には、一つ
一つの字に言魂が宿って
ます。勉強すれば、とても
面白く、『古事記』を読み
込んでいく中で大切です。
大国主命の国造り神話の
中で、少名毘古那神が、
急に見えなくなった後、
現れた「おひかり」の神。
この神は、大国主命の
「幸御魂、奇御魂(さき
みたま、くしみたま)」と
も呼ばれる大物主命。
「おひかり」の「お」は、「御」であり、「ひ」は、「ひつぎのみこ(日嗣の御子)」
「ひじり(聖)」、「ひもろぎ(神籬)」、「むすび(産霊)」、「ひこ(比古)」、など
に現れているところの「ひ」です。
一文字一文字、とても意味があり、力を感じます。これを言葉に発した時に
言魂を発するというのがわかります。
日本という国は、神ながらの国、完全な「おひかり」の国です。
本居宣長の和歌
しきしまの やまとごころを 人とはば
朝日ににほう 山桜花
西行法師の和歌
何ごとの おはしますかは しらねども
かたじけなさに なみだこぼるる
読めば読むほど、日本人で生まれてきた事に感謝します。
2014年9月1日月曜日
家珍

「家珍」=「家宝」、私の大切な
家宝は、「家」になります。
祖先の「みたま」に
合一し、祖先の「み
たま」の延長として、
家族のみんなが一
つ生命に栄えて
いくところが、家。
先代からの繋がりを感じ、
感謝する、正月やお盆の
集まりは、とても大切な
「おまつり」です。先日、大切な易の先生より教え
て頂いた、奥深く、納得のいく
言葉に、次の言葉があります。
『從門入者不是家珍』
(門より入る者は、是れ家珍に
あらず)。これは頭で覚えた
ものや人から聞いたものは
自分の宝ではないという
意味になります。
つまり、外から詰め込んだ
ものではなく、自分自身の
内側からわき出てくるもの
が本物だという意味になります。
禅行の言葉でもあり、雪に触れなくても人は、『雪は冷たい』と云う。しかし、
実際に雪の中を素足で托鉢して歩いた者にとって「雪は冷たい」と云 う
常識だけにとどまらない。『雪は冷たい、雪は痛い、雪は暖かい。』と、
自分自身の心の底から云える。
なるほど、「経験が、家珍」になるのですね。人から、教えてもらう
ことではなく、自分自身が身を持って経験したことが、
『家珍』になる。
自分自身で経験した事を言葉にし、形に残す
ことは、継ぎの世代にも繋げて行くことができ、
『祖訓』として代々と伝えることができると、
本当に「家宝」となる。『家珍』となる。
後から続く世代に親から、祖父から教えて頂いた事を残していきたい
と思います。これは、敬神生活の綱領につながる。
「神慮を畏み、祖訓を継ぐ」、これは、
日本人としてもっとも尊い教えです。
さあ!今日から9月1日!新しい月の始まり!がんばります。
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