2013年12月7日土曜日

芙蓉(ふよう)の間、の芙蓉って何?

先日、ホテル披露宴会場に、お客様を  
お連れした際、会場名に、鳳凰の間、
鶴の間、芙蓉の間とありました。
鳳凰や鶴は、夫婦の吉祥模様などで、
着物にも使われます。
この芙蓉って、めでたい華か?
扇か? と興味を持ちました。

芙蓉って何?
 
20年前、就職活動時に芙蓉グループ
ありました。財閥系、三菱、三井、
住友グループと、この芙蓉グループ
芙蓉グループ(ふようグループ)もやはり、財閥系のグループで、旧安田財閥が戦後財閥解体により再編しできた企業グループでした。 『芙蓉』の名は、中核だった富士銀行の
「富士」の古語読みからついた名前。
ちなみに、当時の富士銀行は、第一勧銀と興銀と合併して、みずほ銀行と再編された
この現在の「みずほFG」の『みずほ』は『瑞穂』で、「みずみずしい稲の穂」の意とされ、「瑞穂国」(葦原千五百秋瑞穂国)は、祝詞にも登場する。日本国のことである。

芙蓉をしらべると、やはり    
植物も出てくる。 
木芙蓉と水芙蓉である。
木芙蓉は、花で芙蓉の
花があり、
水芙蓉は、蓮の花を指す。
                   

芙蓉が、富士山を指すと、
「芙蓉峰」となる。
これは、芙蓉=美人の意味
もあり、富士山が美しい山
ということから、
芙蓉=富士となっている。
                           
日本には、本当に色々な
美しい言葉が
残っていますね。

2013年12月6日金曜日

商売やっていく中で、市場をつかむ、マーケットイン。 「着眼大局、着手小局」

商売をやっていく中で、社長と言うのは、
なかなか孤独で難しいもの、
その中で、大事は、
『着眼大局、着手小局』

大局は、マーケティングであり、
時流をつかむことであり、俯瞰
な立場から、市場の心をつかむ
こと。これが、恕であり、
忖度(そんたく)につながる。

中條先生的に言うと、「相手を
立てると蔵が建つ」になります。

アサヒのスーパードライを開発
するにあたり、それまでは、
ビールは、ラガーとして、キリン
のラガービールが、市場を独占
して、市場の70%は、キリンラガ
ーで、アサヒは、市場のマーケット
は、9%しかシェアがなく、
一緒に分裂したサッポロビールが
12%、その他9%の時代。
GHQが、大日本麦酒を財閥分割として、
アサヒとサッポロビールに分割した1947年。
アサヒは、どうにかして、キリンを抜きたく、編み出したのが、生ビール。 絶対に生ビールが
美味しいと思っていたが、それでは保存がきかないから、ビールを60度のお湯に通して、ラガーとしたそのビールよりもビールの研究者は生を飲んでいた。

この本当に美味しいものを市場が求めている、これが「マーケットイン」。アサヒビールは、
見事に、このスーパードライと言う、生ビールで、市場において、ビールのマーケットの
60%のシェアを取る、キリンを抜くのである。 中條先生いわく、これが、主導の位置を取る
ことだよ。 市場を味方につけて、みんなの飲みたいビールを売ったから、首位になれた
商売は、やはり変動するマーケットをつかみ、大衆の意見を入れて商売することが
王道だよ。と教えて頂いた。 

着眼大局  着手小局大事な言葉です。

2013年12月5日木曜日

器量と度量

器量と度量について、最近読んだ本にこの言葉が、出てきた。
社長は、器量が必要で、ナンバー2になる人は、度量が必要
器量と度量は、どう違うのか?気になり調べてみた。

「器量」とは、量は度量衡の量を指す。 即ち、容れる器、
これを器量という。 人にとって容れて包み込むは、内奥の情である。 
故に“器量よし”という場合には、表面的な美しさをいうより
も、内面から溢れ出る情緒的なその風韻をいう。 

深い! 内面から溢れ出る人柄か?

同じように“器量人”という場合には、度量の大にして多くの人を容れるに足る人物をいう。 
即ち、私を為さずして公、細部に拘らず、善悪を兼ね入れながらも、決して人情に背かざる
者である。 
器量人は必ず大気有り、大志有り、大義有り、見識を
有して事を為す(胆識)。

故に人はその為すところに何ともいえぬ心地よさを得て、その魅力に導かれて
自ずから集い、天下普くこれに従いて安んずるを得るに至る。

 なお、別の解し方としては、以下のように器と量を別個に解する場合もある。 
器は人を一つの“うつわ”に例えたもので、その人の表面的な才能・知識・技能をいう。 
量はであるから、容れる部分、つまり内面的な威徳・人格・性情をいう。 

故に“器量よし”は、内面外面ともに優れていることを称える言葉になり、
“器量人”という場合には、才徳共に衆に優れていることを指す。 
ただ、“器量よし”は外面の美しさを称える場合もあるが、“器量人”の場合には、
自然にして人を然らしめる風を感ずる場合に用いることが多く、外面的な人に
優れる部分を称える言葉としては用いられない。 


一方、度量は、長さと容積、尺と枡、心が広く、人をよくうけいれる性質。
度量の大きさとは『謙虚さ』と『寛容さ』とも言う。
また、『中庸』ともいう。
「中庸」の「中」とは、偏らない、しかし、決して過不及の中間をとりさえすればよい
という意味ではない。常に、その時々の物事を判断する上でどちらにも偏らず、
かつ平凡な感覚でも理解できるものである。
「庸」については、朱子は、「庸、平常也」と「庸」を「平常」と解釈している。
現在、多くの学者たちは「庸」が「平凡」と「恒常」との両方の意味を含んでいると
見ている。
中庸の徳を常に発揮することは聖人でも難しい半面、学問をした人間にしか
発揮できないものではなく、誰にでも発揮することの出来るものでもある。
恒常的にいつも発揮することが、難しいことから、中庸は儒教の倫理学的な
側面における行為の基準をなす最高概念であるとされる。

度量には、相手を受け入れる大きな心が必要である。
しかし、一方沢山の相手から色々な意見を受け入れるが、自分自身の意思
において、正さや基準をもち、どちらの意見にも偏ることなく、
平常心を保つ、心の大きなことのようである。

以上から、社長は器量、ナンバー2は、度量。と言う考えが
理解できたように感じる。

2013年12月4日水曜日

印伝 いんでんの鼻緒で、下駄を作りました。

印伝(いんでん)ってご存知ですか?   
印伝と言う言葉との出会いは、神社
の夏の大祓、総代、氏子の皆さんが
それぞれの浴衣姿が、凄く凄く粋!
江戸の粋イキ!と言うのは、こうな
のかと、感動体験をした時、禰宜さん
が、巾着袋のオリジナルお持ちで、
生地は、京都のなんとか織りで、
紐の止める何処を鹿の皮を使ったり、
印伝を使うと高いんだょ〜と聞いて
いて、『いんでん?』と思っていた、
その後、獅子舞の先生が、やはり
着物姿で来た際に、下駄の高いの
は、『印伝で〜』
ん?いんでん?
そこで、印伝を調べてみると、            
印伝(いんでん、印傳)とは、印伝革
の略であり、羊や鹿の皮をなめした
モノをいう。 細かいしぼが多くあり、
肌合いよい。なめした革に染色を
施し漆で模様を描いたもので、
袋物などに用いられる。
名称はインド(印度)伝来に因む
とされ、印伝の足袋が正倉院宝庫内
に見られ、東大寺に文箱が奈良時代
の作品として残る。
印伝または印傳という名称は、
貿易を行った際に用いられた
ポルトガル語 (india) 又はオランダ語
 (indiёn) の発音にインド産の鞣革
用いた事から印伝と言う文字を当て      

たとされる。 専ら鹿革の加工製品を
指す事が多い。印伝は昔において
馬具、胴巻き、武具や甲冑の一部、
巾着、銭入れ、胡禄、革羽織、煙草
入れ等を作成するのに用いられ、
今日において札入れ、下駄の鼻緒、
印鑑容れ、巾着、がま口、ハンドバッグ
ベルトなどが作られている。
山梨県の工芸品として甲州印伝が
国により、その他の伝統的工芸品
に指定されている。


長いこと、印伝の話をしてきました
が、実は、来年のお正月に、
祖父の着ていた大島を着てみようと       
今年の夏にサイズのリフォームを
していたのが、完成したのです!
大島の着物を羽織の生地で袖を
長くするのに使いました。
それで、羽織を先日、新調しました。

すると、やはり、「足元」となりました。

「足元をみる」、足元は、履物を
見られることを意味しているという
ことで、今回の印伝の鼻緒まで
きました。

それも、品川神社氏子総代の
有名な下駄屋さん、丸屋                
創業150年!!
現在6代目!すごい!
先日お手伝いさせて頂いた
新郎様が、第7代目!
すごい!

それで、下駄の台(板)から
探します、沢山の種類の台
から一番オオソドックスな物
「カク」に印伝の小桜の鼻緒
を付けて頂きました。
印伝の小桜の柄は、
燻して作ると教えて頂き
ました、確かに、燻された香り
がするのです。
それを、「くすべ」とも「燻ふすべ」とも言われています、
武家時代の武具に使用された染方法です。 なかでも甲冑には
「本燻染(ほんくすべぞめ)」という特殊な染色法を用いて
絵模様を染め上げ使用されていました。

正月は実家に帰り、この下駄で着物詣でデビューします!
楽しみです。


2013年12月3日火曜日

道開きの神 「猿田彦大神」

私が、10歳の頃から崇敬して     
いる神社に、猿田彦大神
様があります。
伊勢の内宮近くに、ご鎮座さ
れています。
この45歳になって、本当に母
に感謝するのは、このご神縁
を結んでくれた事です。
本当にありがたいです。

猿田彦さんは、小四の時に
始めてお参拝し、そこから
六年間胸にお守りを付けて
いました。 高校一年生16歳
の頃から一人で、大阪から
近鉄電車に乗り、毎年お正              
月に行くようになりました。           
 
大学受験の時も、初めて車を
購入した時も、結婚する時も、
人生の節目には、報告しに
行きました。
またアメリカ留学中は、神棚
を持っていけないので、猿田
彦さんの掛け軸を持って
行きました。

平成14年に天王洲アイルに
店舗を設け、初めてお参りした
神社が、品川神社さんで、その
参道に小さな猿田彦神社の祠が
あり感動した事を覚えています。
そして、その五年後に、神前式を
お手伝いする事になり、品川神社
宮司とお会いし当時の猿田彦さん
が参道に居られる興奮を伝えました。
そして、その四年後平成23年に宮司の推薦を頂き大阪國學院に入学し、二年後、平成25年に、卒業と同時に品川神社の権禰宜に奉職させて頂きました。
まさに、猿田彦大神に、導かれ、道開かれ、今日まで来ました。

サルタヒコ : 『神道事典』によると
猿田毘古神(記)、猿田彦神(紀)、天孫降臨の際、天の八又に出迎え、
先導を申し出る神。鼻長七咫、背長七尺で目は鏡のように赤く
輝くという異貌で知られる。応対したアメノウズメはこれにちなんで、
ニニギより猨女君サルメノキミの姓を賜う。
先導を終えて、伊勢の五十鈴の川上に至る。「古事記」は、伊勢の
アザカで貝に手を挟まれて溺れたと記す。伊勢の宇治土公の祖とされ
伊勢猿田彦神社の祭神。
 
これかも、母から頂いたご神縁を大切にしていきます。
今一番行きたいのが、アメリカ合衆国 
ワシントン州にあるアメリカ椿大神社さんです!
ここに、主祭神として猿田彦さんがいらっしゃいます。

日本のもっとも大切にしている生活文化、「神道」を世界に伝えて行く
ことがしたい。もっともっと勉強せねばなりません。
是非、道開きの神様とも、方向、土地の神様とも言われる
猿田彦大神、お参りしてみてください。
 

2013年12月2日月曜日

『開運吉祥』すると言われている、「地天泰」の卦の話

『開運吉祥』すると          
言われている、易経の中
の六十四卦の中の、
パワーがある卦の紹介
『地天泰』のお話です。

最近の易経の本に出てき
ました。開運吉祥法!
「開運」は、運が開ける。
「吉祥」は、吉は、吉でも
大吉のさらに上の最大級
吉、この上ない吉です。
吉祥天や吉祥文様(写真)
日本人は、大切にそして
憧れてきました。             
         
『地天泰』は、「天地和合、
天下泰平、陰陽調和」
言う意味

天地交わるは泰なり。后(きみ)
を以て天地の道を財成し、天地
の宜(ぎ)を輔相(ほしょう)し、
以て民を左右(たす)く
=天地が交わり和合するのは
泰平である。 君主はこの時
天地の道を補って、万民と寄り
添い国を治める、平和に
財を築く。                      


この卦を紙に書き財布に
れておくのが『開運吉祥』法。

2013年12月1日日曜日

立志立命40歳に立てた使命は、進化していく、より具体的に、より繊細に、、

立志立命、
40歳に立てた、
使命「幸せな家
族を作るお手伝
い。」という志は、
どんどんと進化
していく。
より具体的に、
より繊細に、
良い方向へ進化
するのである。

先人の使命や
志について、
立志立命を
調べてみる。

心は、常に乱れる
その心の焦点を
ひとつに定める。
即ち立志である
立志とは人生の
覚悟を決める事

人生劈頭(へき
とう)一個の事
あり、立志是れ
なり。
春日潜庵

吾十有五にして
学に志すー孔子
孔子は、15歳に
して、志を立て
てます。

「啓発録」 橋本左内
幕末に活躍した中心人物の一人橋本左内の言葉です。左内が、20歳の1853年に
ペリーの黒船が来航し、25歳の時には、日米修好通商条約が結ばれました。
そうした江戸時代の終わりに日本の将来について広い視野に立って物事を考え、
見通しを持って行動する優れた人物の一人として活躍したのが左内です。

第一は、去稚心。「稚心を去る」ということです。
稚心」とは、幼い心、子供じみた心のこと
第二は、振気。「気を振う」ということです。
気とは、決して人に負けないぞと思う心
第三は、立志。「志を立てる」ことです。

志は、心の行くところ、つまり自分の心の向かっていくところにつき進んでいくことをいいます。
第四は、勉学。「学」を「勉める」ことです

学とは、習うということです。優れた立派な人の行動やしぐさをその人に見習っていくことです。
第五は、択交友。「交友」とは、自分がお付き合いする友達のことです

「択ぶ」とは、たくさんの人の中から、友達にする人を選び出すことです。

私の使命は、
『親が子を思い、子が親を思い、夫婦が思い合う。
幸せな和の有る家族を作るお手伝いをし、
日本国家のため、世界のために働く』です。

家族が、国を、世界を構成する一番小さい単位です。
その家族が、思いやりのある、和の家族になる
お手伝いを致します。