2014年11月3日月曜日

禊の心

『古事記』の考え深いと感じる
ところに、「黄泉の国から帰った
伊邪那岐神が禊を行い、沢山
の神が生まれるところ」です。

沢山の国生み神生みを行った
最愛のパートナーの伊邪那美
神が、火の神を生み、亡くなり
黄泉の国に行いってしまいま
す。その伊邪那美に会いたく
黄泉の国に追いかけて行った
伊邪那岐神は、そこで、「穢」
てしまい、穢れた身体を筑紫
の日向の橘の小門の阿波岐
原において「禊」をします。

禊は、「身をすすぐ」こと、「祓」も洗うこと、双方真義は同じです。

『禊とは、不完全を完全にする祈り』とも言
われます。水などで身体を洗い清めるだけ
でなく、どこまでも真心を尽くして不完全
を完全にしていく働き、精神努力です。

人は生きていれば常に不完全が生じます。失敗を犯します。これを
禊に禊いで、不完全を完全になれるように、真心、清明心、赤心
を尽くす、弥栄の精神とも言われます。

この「弥栄の精神」が、私が神道の精神でもっとも大切と思い、
また、大好きな所です!

禊の精神は、日本民族の精神、不完全を排除せず、不完全
だから完全に向けて進む考え方です。不完全が、人生の貴い
材料、人間として向上するためのきっかけであると考えています。

伊邪那岐神は、この禊によって沢山の神々を生みます。
禊の最初に生まれる、「黄泉の国の穢れ」そのものである、
「八十禍津日神(やそまがつひのかみ)」や「大禍津日神(おほまが
つひのかみ)」つまり、禍や悪の根源となる神が生まれ、そして、
それに対する、禍を改善するための神、「神直比神(かむなおひの
かみ)」や「大直比神(おほなほひのかみ)」が生まれます。

さらに、海の神、海産物の守護神など、つぎつぎと生まれ、
禊を重ねていった末に、あの三貴子と言われる、三柱の神、
「天照大御神」、「月読命」、「建速須佐之男命」が誕生します。

この伊邪那岐神の「禊」のところ、本当に、大切な部分と思います
不完全を完全にしよう、、だけど、いつも人は、穢がついてしまう
だから、毎日、朝は、神棚に向かい、「禊」の心、感謝と真心、赤心を
手を合わせて、頂き。 夜、就寝前には、一日を反省し、再び、「禊」の
心、感謝と真心、赤心を持って、神棚に手を合わす。

人間としての向上、精神の向上、弥栄の精神です!

今日は、三連休最終日、がんばります!




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