2014年8月3日日曜日

和楽

毎月1日、神社に月参りに伺う  
とお賽銭箱の近くに、置かれて
いるのが、神社庁発行の「生命
(いのち)の言葉」

平成26年8月の生命の言葉は、

「人生の最大の幸福は
一家の和楽である」

これは、野口英世さんの言葉。

「人生で最も大きな
幸福は家族が和やかに
楽しく暮らすことである。」

「和(なご)やか」にってどんな事を言うのか? 
辞書にこの言葉を調べて見ると、「和やか」=気分がやわらいでいるさま。
おだやか。のどかな。ものやわらか。とある。

家族、家庭において、気持ちがやわらぎ、おだやかにそして楽しく過ごせる
日々に大切な事は、やはり「仁」の心と「感謝」の念になると思う。

「仁」=人は、二人。人は、一人では生きていけない、二人で手を取って、
相手の気持ちを思いやり、相手の立場にたって考えることが必要である
そして、感謝をする。

そんな日々が、幸福なのだ。幸福の中にいると、幸福に日々包まれて
いると、あたりまえになってしまい、感謝の念が薄れていく、
相手の気持ちを考えることを無くしていく、

今月の言葉にあるように『和楽』を意識して、家族のあり方を持ち生活
したいものです。




2014年8月2日土曜日

和魂洋才

昨日、ふと考えた事、日本の歴史
は、「和魂洋才」で発展してきた
ところが、大きくある。
「和婚洋才」とは、日本人の古来
からある精神を大切にしつつ、
西洋からの技術を受け入れ、
両者を調和させ発展させていく
という意味。 聖徳太子の時代
は、西洋というよりも、遣唐使、
遣隋使の言葉の通り、中国大陸
からの技術を受け入れてとなる
と思うし、江戸の幕末から明治
維新の近代化には、まさに西洋
ヨーロッパからの技術の受け
入れと考える。

受け入れて来た技術というのは、様々で生活におけるもの、農業の発展を
助けるもの、馬に代わる蒸気力であるなど、様々であるが、
「和魂」という、日本人の古来からある精神とは、どのようなものだったのか?

その精神こそが、人間学につながる本学であり、道徳なのかもしれない。
日本人の大切にしてきた道徳は、『教育勅語』の十二徳が、よく分かる。
明治天皇が、明治維新後、明治23年(1890年)10月30日に出された
『教育勅語』から言葉を選び出された十二徳である。

・「孝行」 :子は親の孝義をつくしましょう。
・「友愛」 :兄弟、姉妹は仲良くしましょう。
・「夫婦ノ和」:夫婦は、いつも仲睦まじくしましょう。
・「朋友ノ信」:友達は、お互いに信じ合ってつき合いましょう。
・「謙遜」 :自分の行動をつつしみましょう。
・「博愛」 :広くすべての人に愛の手をさしのべましょう。
・「修学習業」:勉学に励み、職業を身につけましょう。
・「知能啓発」:智徳を養い才能を伸ばしましょう。
・「徳器成就」:人格の向上につとめましょう。
・「公益世務」:広く世の人々や社会の為になる仕事に励みましょう。
・「遵法」 :法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう。
・「義勇」 :正しい勇気をもぅてお国の為に真心をつくしましょう。

読めば読むほど、大切な言葉である。
大切な日本の心、精神、道徳が詰まっています。
戦争という大きな世界の流れに巻き込まれ、戦後に良いものが
消滅しつつある。もう一度、良い教えは、掘り返し伝えて行きたい。

今日も頑張ろう!

2014年8月1日金曜日

アナと雪の女王

遅ればせながら、『アナと雪の女王』
の映画を見ました。

ディズニーが、女性観、花嫁の
女性心理の変化を、上手
に映画で捉えていると、前に
聞いたことがあったので、息子に
このDVDが見たいと言われて、
思わず、家族で一緒に見ました。

主人公アナが、姉の魔法の力で
心に 氷が、刺さっている。
それは、「真実の愛」で無いと
溶けない、温かい真実の愛で、心
の氷は、溶ける。お城の中で閉ざされた中で育ったアナは、『愛』は、何?
それは、王子様のキス?
そうではなく、、、
『愛とは、自分より相手を思いやる事』と雪だるまのオラフ

私は、この雪だるまの言葉が、胸に響きました!

最後、アナは、「姉を守ろうとする心」=「真実の愛」で心の氷が溶けるのです。

前に聞いた、ディズニー映画が描く、女性心理の変化、「結婚観の変化」
という視点で見てみると、確かに、変化している事が、わかりました。
メモを見直すと、変化は、三段階になっています。

第一段階としては、『シンデレラ』や『オーロラ姫』、
『白雪姫』のように
⇒ 「王子様を待つ。」

第二段階としては、『ベル』や『アリエル』のように
⇒ 「自分の意志で、彼を手に入れる。」

第三段階としては、『アナと雪の女王』のように
⇒ 「彼氏は、いらない、それよりも姉妹の愛、
家族愛が、大事。」

女性も男性も、どんどんと価値観が変化していく、年齢で個人差は
ありながらも変化する。その中で、25歳~35歳という、結婚ボリューム層
において、共通の変化と言えるのだろうか?
やはり、『私の王子様』として、出会いを待っている女性は、多いようにも
思う、いや、今は、合コンでも女性の方が積極的で、男性が草食なんですよ
とも言われる。 その次に、今回の映画のように家族の愛、姉妹の愛が、
大事と自立した女性像。

納得も行くが、、、

人間の成長に人との出会いが、最も大切で必要な事。男性も、女性も
人生においての自分を信じて、良き方と出会い、相手を思いやる、
「自分よりも相手を思いやる真実の愛」をお互いに持てるパートナーと
出会えることを願います。

この新しい、結婚観をまた勉強する必要がありますね。
素晴らしい映画でした。夏休みやなーーと、
家族一緒にテレビを見る時間は、良かったです。

2014年7月31日木曜日

すり足

先日の祭式研修において、   
歩行の基本として、「歩行」
の話がありました。
これが、なかなか難しい。

「歩行(ほかう)」
① 歩行を緩歩(くわんぽ)
一呼吸に一歩、平歩(一呼
吸に二歩)、急歩(一呼吸
に四歩)に分ける。この三つ
の歩み方を『徐歩』と総称
する。
② 歩み方は空足すなはち
足を挙げることなく、踵から
床をするやうに踏み出し、次に爪先を踏みつけるようして静かによどみなく足を運ぶ。

注意事項として、歩行に際して上体が前後左右に揺れたり、背を丸くしたり、
逆にそり身になったりするのは、甚だ見苦しい。

このすり足と言うのは、体の奥にある筋肉を鍛える働きがある。
上半身と下半身をつなぐ大腰筋が要となる。
すり足は、足の裏を見せないように、前傾姿勢で歩幅を狭く、ゆっくりと歩く
足の内側の筋肉に力が入る。

そもそも、この動きの起源は、日本人の着物文化にある。
着物が着崩れないように、自然とすり足になったとのこと。
それが、身体をひねらない動作になるとのこと。
面白い!

今年の夏は、この作法で、内側に筋肉を使って、姿勢正しく、動けるように
訓練したい。



2014年7月30日水曜日

夢

昨晩の『ガイヤの夜明け』は、  
力をもらった。
「和牛」の話で、日本の少子
高齢化において、和牛の食
の量は、国内消費において
減少していくと考える中、
国内の和牛農家を支え、
永続する願いもあり、海外
へ輸出する。

その輸出の現状は、著名
ブランドである、神戸ビーフは、先駆者として世界に広がっている。これから、
世界に輸出しようとする弱小ブランドが、どのように世界に輸出していくかは、
やはり、日本の和牛統一マークを商品につけて、輸出しないと、世界の流通
網には、乗れない。

その主人公の発言が、「オールジャパン」で、やっていきましょう!と大手の
伊藤ハムや日本ハムの担当者にも声を掛け、JAも一緒に進んでいく。

まだまだ、出来る!と勇気をもらう。
日本にある、日本人が持っているものを、世界に発信して、世界の方々にも
喜んで頂ける物が、まだまだ日本には、沢山あるのだと思う。
私の周りにも、私の会社にも、私自身にも、

昔、銀行員だった時、そして父の会社に入社し、アパレル業の営業マンだった時、
『いつか、自分の店を銀座に持ちたい、表参道に持ちたい』と
東京を歩きながらいつも考えていた。
それが、今銀座には、妹が、表参道には、弟が、店を出している。
販売商品、商材は、昔と変わらないが、販売方法や流通方法、消費者、お客様に
届くルートは、完全に昔とは、違っている。

夢を持ち、行動することが、実現していくのだな、と妹弟を見て、思うこと、
私もやりたい、アメリカニューヨークにもう一度住んでみたい。
夢を追いかけて、自分自身を高めて、進んで行きたい。
それは、日々の道を歩きながら、前に進むしかない。
道なき道に、自分が進み、後から道ができても良い。

昨日のガイヤの夜明けを見て、胸が熱くなり、勇気が湧く。
今の自分が出来る最大限の努力を行い続け、夢をつかむのである。

「和牛統一ブランド」是非とも成功して欲しい。
世界の人々に、美味しい日本の和牛を食べて頂き、喜んで欲しいと思う。
オールジャパン、野球選手、サッカー選手に続き、日本人の持つ、神秘を
持って行きたい。

2014年7月29日火曜日

祝詞勉強会と他力本願

先日の祝詞勉強のおいて、       
龍神祝詞を勉強致しました。
今回の勉強会が、第四回目
として、完結編、最終回となり
ました。 第一回目が、
祓詞と六根清浄大祓
第二回目が、大祓詞
第三回目が、伊勢内宮神前
祝詞と稲荷大神秘文
第四回目の最終回が、
龍神祝詞でした。

私の持論として、ご自宅に
おいて、自分と神様
の向き合う場所を作り、手を合わせて、祈念、
感謝する場所、自分一人になれる場所を持ち、
出来れば、神棚を設置して、天照大御神、
氏神様、の御札を祭祀、祝詞を毎日上げる。

そうすると、日々、リセットされて、勇気が湧いて来て、さあ今日も元気に
がんばるぞ!!ともなる。 今日も有難うございました。と三省することも
出来る。

私に祝詞を教えて下さった、岐阜の御岳山の神主先生から、教えて
頂いた言葉に、『他力本願』の意味があります。

普段の会話で、「他力本願」というと、自分は、全く努力もせずに、他人任せ
という意味合いで使ってしまいがちですが、そうではなく、『他力本願』の意味は、
船に乗った時に、後ろから風を吹かしてくれる事です。

もう少し、詳しく書くとすると、『他力本願』は、我々人間が、最大限の努力を
した後、最後ちょっと教えてもらうもの。
船を準備し、沖合までは、手で漕ぎ出し、大海原に出る。食料も飲み物を積み込み
地図を読み、方向を示し、大きく帆を上げ、進むべき大海に出た後、後ろから
風を吹かしてくれるのが、『他力本願』

・船を用意することも、
・地図を出して、方向を決めて示すことも、
・帆を高く、大きく上げることも
全ては、自分自身で行わないといけません。

そのような努力が実り、大海原において、後ろから風を吹かしてくれるのが
神の力です。「神は観てござる!」です。

毎日の努力、努力と目標、夢が、大切!
自分と向き合う時間、神棚を持ち、手を合わす時間を作ろう。
三省と感謝、祈念が、幸せな充実感の日々を作ってくれます。

1年間を掛け、四回シリーズで行った祝詞勉強会も終了し、芝東照宮の宮司
様との約束も果たせ、ほっとしている状態です。ご参加頂きました、多数の
方々、ありがとうございました。

※ 上の写真は、四回目は、龍神祝詞を奉書紙に書写して頂きました、その風景です。

2014年7月28日月曜日

蝉取りと大山巌と「君が代」の歴史

今朝は、朝早くから、三男に頼
まれ、蝉取りに行きました。
朝5時に、三男が珍しく自分で
起きて、私を起こしました。

近くの公園は、木が高く、虫取り
アミが、届かないと、北の丸公園
まで足を延ばして行きました、
一匹の蝉を捕まるのに、
10箇所の蚊噛まれて、、、、
自然との戦いにやられました。

その帰りに、久しぶりに前を通り
足を止めた、大山巌元帥像。

大山巌は、日清戦争、日露
戦争で活躍した、日本の陸軍              
大将。この大山巌の話で、
私が、尊敬するのは、国歌を
選択したことです。

明治維新を経て、外国との
交流が始まった日本、国際
社会において、国旗や国歌
は、独立国として必要なもの
でした。

明治二年(1869年)、イギリス
公使館のフェントンからの質問
「日本の国歌はあるのか?」
と尋ねられ、国歌が必要と考え
た大山巌は、「国歌は、新しく
つくるよりも、古い歌から選ぶ
べきだ」、また、イギリス国歌の
「ゴット・セイブ・ザ・クィーン」の
ように「天皇の宝祚
(ホウソ=御位)の
隆昌とともに、国と
国民の繁栄を祈る歌
にすべき」
との理由から、大山は、薩摩
琵琶歌『蓬莱山』にある『君が代』
を国歌として提案しました。

『君が代』の歴史としては、
『古今和歌集』(905年)の
「賀歌(がか)」にあります。
平安時代の終わりに近い文治
元年(1185年)『古今集註』また、鎌倉時代の『和漢朗詠集』(1228年)
鎌倉時代の『曽我物語』、室町時代の謡曲にも、江戸時代には、小唄、長唄、
落語、浄瑠璃に取り入れらているそうです。

国旗掲揚の際、またオリンピックの際、ワールドカップの際、試合を勝った時に
国旗を掲げ、国歌を歌う素晴らしさを我々は体験しています。
そんな大切な国歌は、約1000年も昔から、私達の先人の生活の一部として
愛唄として、歌われていたことを、知りました。

戦後のGHQ占領軍により、国歌を歌うことが出来なかった歴史が、色々と
現在にも残っているのですね。
さあ、今日も頑張ろう!