2014年12月14日日曜日

真田紐

今日は、朝から飛行機で鹿児島
の向かいます。次男がとてもお
世話になっているお寺、鹿児島
の祥徳寺において、お餅つき大
会をするのでそのお手伝い並び
に、一年間の感謝としての、
御先祖様の護摩にて廻向する
為です。

その手土産として、昨日伊勢丹
にて購入したお菓子。
そのお菓子の装飾の紐が、
とてもかっこよく、惚れてしまい
ました。その紐、『真田紐』です。

ちょうど、大阪の弟のお店が
『真田幸村スーツ』を販売して
おりますが、それとも重なりま
した。来年2015年で400年周年
を迎える大阪夏の陣で華々し
い伝説を残した真田幸村にち
なんだスーツ企画。
戦国時代、武将たちは甲冑に
身を包み戦いました。いわば
現代のビジネスマンの甲冑、
勝負服はスーツ。

そんな真田に関係するのが、
『真田紐』。真田紐を調べて
見ると。

真田紐(さなだひも)は、縦糸
と横糸を使い機で織った平た
く狭い織物の紐。漢語では
「絛紐」(さなだひも)と書く事も。

一重織り・袋織りがあり、材質
は木綿・正絹を使う。

主に茶道具の桐箱の紐・刀の
下げ緒・鎧兜着用時の紐・帯
締め・帯留用の紐・荷物紐等に
使用する。

特徴は伸びにくく丈夫なので
重いものを吊ったり、しっかり
と物を縛る事に使う。 数多く
の柄があり、一部は家紋の様
に家・個人の決められた柄が
あり個人・集団の認証・作品の
真贋鑑定に使われている。

なるほど、流石!

また、関ヶ原の戦い後に九度山に蟄居していた武将、真田昌幸
・信繁父子とその家族が作製し、堺の商人を通じて販売したと
され、各地で行商人が「真田の作った強い紐」と言って売り歩い
た事から名付けられたといわれている。

伝承では、紐の販売を口実に武将の
家臣が各地に赴いて、各国の情勢を
持ち帰って次の戦に備えていたとされる。

ここが、何とも戦国時代らしい、、
情報が、大事!相手を知って、自分を知り、
戦いは勝のです。 感動しました。

今日は、今から鹿児島!
頑張ってきます。。

2014年12月13日土曜日

東海道五十三次

先日のお食事会は、品川プリ
ンスホテルの五十三次にて行
われました。

そのお部屋に飾られていた絵
が、なんとも良くて、写メしま
した。

東海道は、江戸時代に整備さ
れた五街道の一つ、そして、
五十三次は、東海道にある53
の宿場を指す。古来、道中には
風光明媚な場所や有名な名所
旧跡が多く、浮世絵や和歌・俳
句の題材にもしばしば取り上げ
られた。

東海道は、江戸から京都を結んだ。今回の会食会の部屋は、
藤沢と言う名前のお部屋で、この絵も藤沢という題名でした。
もう一つは、三島という題名。

当時の街の賑やかさが伝わる絵で、江戸時代の日本の平和
や旅姿、美しさを感じました。

絵の中に鳥居があるのが、気になりました。藤沢は、どこの鳥居
なのか調べてみると、江島神社の一の鳥居とのこと。素晴らしい!

藤沢は、慶長6年(1601年)に東海道の宿場となった。後に戸塚宿、
川崎宿が追加され東海道6番目宿場。東海道五十三次整備以前
から清浄光寺(遊行寺)の門前町として栄え、後北条時代は
小田原城と支城の江戸城の桜田門、八王子城、玉縄城をつなぐ
小田原街道の分岐点だった。

清浄光寺の東側に江戸側の見附(江戸方見附)があり、現在の
小田急江ノ島線を越えた西側あたりに京都側の見附(上方見附)
があった。この範囲が藤沢宿とのこと。

絵に見られる、大鋸橋の京都側南東には江島神社の一の鳥居が
あり、ここから江の島道が約1里(約4km)の距離で江の島に通じ
ていた。

八王子道(現・国道467号)のわきには源義経が祀られている
白旗神社がある。幕末には70軒以上の旅籠があった。

すごい!神社の歴史、時間の流れは、日本の文化をたどっていく
のに、すごく関係する。

今日は、ここまで、

今日も一日がんばります。

2014年12月12日金曜日

家族だけの結婚式

昨日は、平日大安で、家族だけ
の結婚式のお手伝いがありまし
た。午前中の雨も昼ごろには、
止み、家族の集合写真や
お庭でのお写真を撮影する事
が出来ました。

秋の紅葉の葉が、いい感じに
真っ赤や、黄色、様々に色付
き、石畳に広がります。

新郎新婦と親兄弟の結婚式
我々のプロのカメラマンの横
で両家のお父様が、同じよう
に一眼レフのカメラを持って
ワイワイと言いながらお撮り
になっている姿が、すごく
良くて、良い家族の結婚式
だなーと感じました。


両家の親が元気で、健康で、
このように集まれるのが、
何よりも幸せなことです。

二人が、出会い、夫婦となり
その二人の縁で、親、兄弟
が出会い、親戚となる。

その出会いに感謝し、
新しい家族が生まれ
親戚の輪が広がる
結婚式。

引振袖も、髪型も、ヘッド
ドレスも、御料理も、家族が
喜ぶように、家族が楽しむ
ように、一生懸命に新郎
新婦が、考えられていた
ことが、この日にすべて
花開き。

安心の笑顔と
満足の笑顔
沢山の笑顔で
二人の門出

おめでとうございます。

さあ、今日も一日がんばります。

2014年12月11日木曜日

仲人

昨日は、大事な人に、「川辺さん!
仲人になって下さい~」って頼まれ
とても嬉しい依頼を頂きました。

不思議な縁で、出会い、私が、
本当に好きな男で、意気投合して、
今日まで、一緒に頑張ってきた人。

そんな、男に仲人なって
ーーと言われたら、
よっしゃ~~って
心から思う。

昨日の晩餐は、男二人で、祝い
のディナーを頂きました。奥さんになられる方も、お会いした事のある
方で、、素晴らしいカップルだと、心より祝福致します、嬉しい話。

大国様も恵比寿様も、一緒にお祭り騒ぎ、嬉しい騒ぎです。

お祝いの席は、四ツ谷にある、これまた私の大好きなお店、アントニオ
さんにて、頂きました。料理の写真は、一生懸命に話をしていたら、
撮り忘れて、最後のティラミスと焼きプリンの盛り合わせだけを
撮影しました。

「仲人(なこうど)」と言う言葉自体、あまり聞かなくなった現在。
結婚する二人の結婚後見人、二人の結婚を承認し応援する人になる。
私達が結婚した時、私の当時もっともお世話になり、尊敬していた
方に仲人をお願いしました。

昨日の夕食の時間において、恋愛とは、違い、「結婚」。
結婚だから、しっかりとしたいと思う決心が、すごく伝わってきた時間でした。

一人でなく、守るべき人を持ち、共に歩いて行こうと約束した二人、
互いに認め合った二人、人生を豊かに視野を広く持ち、人間として
成長できる基盤になるのが、二人で作り上げる家庭なのだと思います。

おもいっきり幸せな人生を歩んで頂きたいと祈念します。
おめでとうございます。

さあ、今日も一日頑張ろう!




2014年12月10日水曜日

お好み焼き

昨晩は、久し振りに私の特製
お好み焼きを焼きました!

何日か前から、長男との関係
が、ギクシャクしているのを、
長男の大好きな、私の手製
お好み焼きでコミュニーケー
ションをするため。もちろん、
お好み焼きは、大阪風です。

毎度のことですが、お好み焼
き粉500gに水500cc、
卵6個をかき混ぜて、
キャペツは、一個まるまる使
います。⇒ これが、美味しい
のです。
そして、豚肉250g、これを
家族四人で、食べます。

袋には、10枚用とか、書いて
いるのですが、大体4枚しか
出来ません。それもふあ~と
していて外は、カリッサクッと
しているやつが、美味しいと
家族が言います。

キャベツの分量が多い方が
サクッ感が出ます。
また、水と小麦粉を混ぜる
時に、良く混ぜて、粉感が、
無くなっている方が、ふあ感
が増します。

私の実家もやはり、お好み焼き焼く担当は、父親でした、「ブタ玉
は、絶対にまん丸で無いとあかん!」と良く言っていたのが懐かしい。

実家には、鉄板が真ん中のテーブルがあり、鉄板では、お好み焼き
たこ焼き用に換えると、たこ焼きがディナーとなりました。
ああ、懐かしいです。

お陰様で、『おやじ手製お好み焼き』で、だいぶと長男ともエエ感じと
なりました。やっぱり、男の子は、食べさせるしかないな、、と
色々と反省と勉強をする夕飯でした。

さあ、今日もがんばります。

2014年12月9日火曜日

家族婚

先日は、家族婚のお手伝いを
させて頂きました。
新郎新婦様と新郎のお母様
弟様、そして新婦のお父様の
家族5人の結婚式です。

新郎様は、45歳、新婦様は
35歳。本当に大人のお二人
の結婚式。

挙式も、宴内式として、家族
の前で、披露宴会場の中で、
行いました。

三献の儀(三三九度)
指輪交換
誓いの言葉

それら全てを家族の前で行
い、家族の温かさに包まれた
挙式でした。そして引き続き
の披露宴では、

新郎様スピーチ
ケーキカット
ファーストバイト
ご家族とのお写真
お色直し
高砂にてお写真
感謝の手紙

人数は、家族だけですが、
披露宴の内容そのものは、
大人数で行う時とほぼ同じ
ような内容で行いました。

始終、新郎様は、「○○○
さんを幸せにします。」と
言葉を口に出され、その
温かい、熱い思いは、会場
の全員に伝わりました。

新婦のお父様も本当に嬉し
そうなお顔をされておられ
ました。また、新郎のお母様
もりっぱなホテルで、しっか
りと伴侶を頂き、神奈川に
は、自宅も建てて、なんて
素晴らしい息子だと、喜ん
でられました。

これらのお父様、お母様
からのお言葉は、本当に
嬉しそうでまた安心したと
いう気持ちの籠った言葉
でした。

人は、男性と女性がいて
夫婦となり、子供を授かり
その子供が、大きくなって自分達が行ったように、出会い、認め、
愛しあい、価値観が合う、ずっと一緒にいたいと思うパートナーと
出会いまた結婚し、夫婦となる。一緒にいるとホッとする相手が
見つかるという事は、幸せな事。

親は、子供が独立し、結婚し家庭を持ち、成長していくのを
見るのが、喜び、安心に繋がるのだと、本当に結婚式は、
大事な儀式だと改めて思った日でした。

我々は、沢山の幸せな家族を作るお手伝いの会社
カメラマンのプロ、ヘアメイクのプロ、そして衣装を持ち
家族の大切な時間のプロデュースを行う。限りなく、
コストは下げても、本当に大切な心の琴線に触れる
時間と空間をお手伝いするが、使命です。

今日もまた頑張ります!





2014年12月8日月曜日

SPA

BUAは、結婚式業界のSPAだ!
と思って10数年。

SPAと言う言葉は、もう本当に
当たり前になってしまったこと
もあり、最近は、耳にしなく
なった。

SPAは,speciality store
retailer of private 
label apparel

の略語で、日本語で言うと、
「独自のブランドをもちそれに
特化した専門店を営む衣料品
販売業」のことで、1986年に
アメリカでGAPという衣料ブラン
ドの会社が自ら定義したもの
です。

具体的には、GAP、ZARA、
H&Mと言う有名な世界ブランド
があり。日本では、ユニクロや
ファイブフォックス、無印良品
また、衣料品以外であれば、
JINS、ニトリ、IKEA、コーナン

のようなお店を言います。

要は、従来の服屋(小売屋)は、アパレルという(製造卸)から仕入れる。

そして、我々祖父の時代からの家業、アパレルは、型紙を作り、時代の
トレンド、流行を読み、生地、裏地、ボタンなどを仕入れて、縫製工場に
出し、出来上がった商品を在庫として持つ。
さらに、小売に卸、夏物と冬物のシーズンの入れ替えは、返品を受け、
そんな商売を、祖父の代からしていた、、、

それを、結婚式場が、フォーマルのアパレルの
SPAになった。

つまり、グループで、縫製した、タキシードやウエデイングドレスを
結婚式場のBUAは、使用して、新郎新婦様に直接そのアパレル
商品を使用してもらい、結婚式を挙げて頂くという形にして、
ハイクオリティーローコストの結婚式場を
行って来ました

結婚式においてのパーツである、挙式、衣装、ヘアメイク、カメラマン、
すべて自社で教育育成して今までは、進んできました。

しかし、今後の流れとして、やはり、今後のアパレルと同じ様に、
第三世代のSPAの時代、「お客様の買いたい
情報」を独自の情報網でキャッチしてそれを
編集して、提案企画する。

つまり、あそこに行くと、買いたいものがある!
BUAに行くと、自分が行いたい結婚式の形が、
実施してもらうことができる!と言う、
会社に進化しないと行けないのである。

平成27年からは、そんな形に会社を変化させないと行けない。
新郎新婦様のニーズは、日々進化する、それは、家族構成
や家族という形の変化、結婚式においての
「感謝」と「承認」という、人生の節目としての
大事はあるが、それを伝える方法が、
ニーズとなり、結婚式の新しい形を
求められているのを日々の接客から感じるからである。

ながい、ブログになってしまった、、論文みたいや、、
今日も快晴、頑張っていきます!